(「花房公使談判筆記」より現代語に、括弧は筆者。)
花房「昨夜、李大臣と話した箇条の大体においては御異存ないと思われるが、もしそうでないなら副官と話しても益ないことを恐れるが、如何に。」
金「とくと長官と相談してきたので詳しく申し述べたい。」
花房「大院君は清国に行かれたと聞いたが本当であるか。(その後27日に丁汝昌が天津に送ったらしいことまでは花房は情報を得ていた。実際は30日であったが。)」
金「清国から大院君に命令があって、来るべし、とのことで急に出発なされた。その話はどこから聞かれたのか。」
花房「清艦およびアメリカの軍艦から承った。」(これは花房の嘘である。もっとも正直に言うわけにはいくまい。なおここの問答だけは後に記録から削除するよう指示されている。)
花房「第1条はどうなされるのか承りたい。」
金「15日の字を『速やかに』の字に替え、「共に究明し、もし期日内に・・・」の文章を省きたい。速やかに我が政府から究明する意味であればこそ種々相談もするが唯その日限を緩くされんことを願う。」
花房「『速』の字は具体的な日限もないので承認し難い。事後からすでに30日も空しく過ぎた。たとえ等閑でなくとも、我が国民の怒りを解いて憤りを治めるには貴政府は是非このようにせねば誠意あるとは言えない。」
金「我が主上は特に意を両国交際に注がれ益々親睦を重ねて無事を希望しておられるので、その意を受けて熟議にいたるようにしたい。願わくばこの15日の期を緩くして1、2ヶ月として末の文章は削除したい。」
花房「この事はもともと必要重大の件であるからこそ文字に表してこうも明白に掲げたのである。貴政府が(犯人処分を)必ず出来ないというなら、我が国が別に自ら処するものである。しかしながらその意は平和を欲すればこそ先ずこれだけを貴政府に望んだのである。それなのにこれを拒んで協力されないなら止むを得ずに我が政府は我が政府で為すところを成さんのみ。(それでは)両国の不幸もまた甚だしくはないか。もし別に深い事情があってすぐに行うことが出来ないとあらば、少しく考えてみることもあろうが。しかし既に一ヶ月を空しく過ごしその上なお15日の猶予を与えたのに、更に延引を望まれるのは甚だ理解し難い。思うに、或いは我が公使館を焼き我が国の人を殺した罪人と、貴政府に対して乱暴をした罪人とを混同して日時の心配があるのであろう。しかしながら貴国の人と関わる罪人はたとえ貴政府の意のままにしても、公使館を襲い日本人を殺した罪人は我が国からその処分を促すのに急にならないわけにはいかない。ただ更に5日間を緩くして15日を20日とするべし。」
(花房が、乱の首謀者ではなく日本人殺害の実行犯を検挙することを求めていることは明らかであろう。)
金「この20日の期はなにとぞ我が主上に復命した日から起算したい。ゆえに明後日から始まるべし。」
花房「承知した。他の箇条は如何に。一時の施行に留まるものもあり、永久に及ぶものもある。ゆえにこれを分別して締約するを要す。だいたい異議ないことにおいては更に分別して条毎に記すべし。」
金「5日の延期の許諾を受けるといえども自分は副官なのでこれを専決するのは適当でない。一応大臣に報じて更に議決をするを要する。」
花房「このように遅きに留まるなら相談も無駄なことである。自分が自ら大臣の宿所に行って議すべし。」
金「しからば御出張を願う。なお申したいことがある。乱民のために護衛兵を率いてこられたのは厚意であり、その事のために賠償の談あるのは甚だその情に反すると思う。且つ又50万円の額は我が国中から募っても有無を知らないほどである。国力の微力であることを実に恥じるが敢えて減額を願う。」
花房「もし貴政府において取り締まりが行き届いていたら我が政府もこの金額を費やさなかっただろう。しかしながらこの暴挙あらしめたのはもともと貴国の怠りからであるから貴国はその費額を弁償すべき義務がある。且つまた貴国は無力であるとのことは我が国もこれを知らないわけではない。ただし国にその力が無いのではない。人がそのことを勉めないことによる。貴国は近年砂金を精製する器械を購入したのに未だにこれを用いずに空しく放置していると聞く。貴国がもし鋭意採掘に従事したら以って目前の急を救うべきの道あるべし。またその意向なら我が政府もまた特に御世話するであろう。」
金「我が政府から等閑に付するわけではないが、50万円は大金であり国中に有無も測り難い。不承知不同意というわけではないが、なにぶん困却の至りである。とにかく大臣に一応話すべし。また箇条中の目に付く賠償のなどの文字は御削除ありたし。」
花房「もとより目に付く文字を使ったのではない。このようなことはどのようにも御相談の上に改めることあるべし。」
金「(公使館)駐留兵は百名ぐらいになしたい。もし実際に不足なら2百名とも致したい。大隊は多過ぎであり、若干とのみあってはその多少も知り難く困っている。」
(前後推察するに、花房はここで「大隊」の代わりに「若干」という言葉に変えることを提案し、それを使うことにしたようである。)
花房「護衛兵の多寡は貴国今後の形勢如何によることであり、あらかじめに定めるを要しない。今後安穏ならば減じ騒擾ならば増加すべし。好んですることではない。実に止むを得ないことである。」
右にて終わり、正使李裕元に面会のため伴って上陸する。
同日29日、花房公使一行は花島別将に赴き、花山政堂で全権大臣李裕元と談判した。近藤、金が陪席、通訳浅山、筆記石幡。
李「第1箇条のことで先刻に副官から請うた通りに延日ありたい。」
花房「先刻、副官から委細既に談判したこと故に御聞き取りあって再びはここで繰り返さないようにしたい。」
(ここで金宏集が李大臣に説明をしたと思われる。)
李「副官から談判があった通りに期限は20日とし、続く下の文章は御除きありたい。もはやこのようなことは他日に復たあるとも思われない。」
花房「貴政府は既に30日をいたずらに過ごされた。この後もし20日間に処分すべしと言われるも、これは必ず出来るとは言い難い。故にこの末文は削ることは出来ない。このまま協議するのを望む。文字を修正することは異議は無い。」
これに於いて第1箇条の15日を20日と改め、且つ但し書きの文字を改める。(改める以前の文章は分からない。)
李「第3箇条の5万円は大金ということではないが、我が国は貧国で一時にこれを弁償することは容易でない。1年内に幾度か納めるようにしたい。」
花房「2万円を即納し、4ヵ月後に1万、再び4ヵ月後に2万とすれば如何か。」
李「その通りにすべし。但し文章には載せずに唯両方の心中に約束することとするべし。」
花房「それならば別に書簡にても取り遣わすべし。」
李「承諾した。第4箇条の50万円は何分にも減額あられることを請う。賠償のことは、戦屈する者は勝者のために戦費を償うに在り、といえども戦者なお且つ賠償に議及ばざるの例なきにあらず、と聞く。貴国の今回の出兵は公使が固く和好の意をもって来るのを護衛するに止まり、未だ敢えて戦いを交えるに至らずに円満に帰せり。事理から言えば賠償の議に及ばないことに似たり。ましてこのような巨額は恐らくは国力の堪えるところではない。ただ望むのは減額の議を再考されんことを。」
花房「賠償のことは必ずしも一定の例によるものではない。今回の暴挙を貴国は予防出来なかったのみならず、後に事変を報じるに至っても一言の謝罪の意もなし。公使が兵を率いて来るのは実に貴国の責に当たらない事ではない。既にその責に当たる額の多少を論じるのは即ち諾否を論じているのである。(それならば)この議は承諾するか否かの談判に於いて必ずするものである。(賠償の)多寡を論ずるなかれ。しかもこの事は私事ではないので私がこれを増減することは出来ない。また貴国は常に貧国と称するが堂々たる一国の政府であって50万円を5年に割れば弁償し難い額ではない。それに先ほども副官に話したように、鉱山を開いて器械を使用し大いに資源の利益を開くことに力を入れれば貨財湧き出で、おのずからその道なきを煩う事はない。器械を使用して鉱元を検出するなどのことについてはかつてお話したように我が国から御世話いたすべし。その時にはおのずから余裕が生まれるべし。」
李「鉱山、器械のことは皆意が無いわけではないが、現今に挙行する方法なく、何分この巨額は堪え難いところなのでただ幾分かの減額を乞う。」
この時金宏集から、「願わくば一覧を乞う」と言って一書を出す。賠償を徴しなかった近例としてロシア黒海の役(クリミア戦争・パリ条約のことか。)清国雲南(?)の事を言う。
(花房は)咸興、大丘の行商のこと、鉱山開発の事、電線架設の事などを日本に託することを約束するなら、まげて減額の計をすることを欲するの意を示した。
(李は)咸興、大丘の行商は行えないことの事情を述べ、開鉱山、架電線などの事は更に議すべきであるが、今はこれを約束は出来ないと言い、むしろ全額を償うことを約束することを可とするの意を述べる。
これに於て終に50万円をもって賠償の額と議定する。ただしその文字は朝鮮国から補填すると改め、賠償の文字を除く。
李「第五箇条の、兵数若干とのみあってその数が明らかでないので安心できないところがある。あらかじめ定数を示されて百名或いは2百名としたい。」
花房「今の勢いをもってすれば1大隊を置かざるを得ない。しかし貴国の今後の形勢によってはその多寡は臨時に文章を修正するわけにはいかない。故にあらかじめ定めないことを便とする。且つ公使館は(その国から)見て国の一部分とするのであるから極めて重んじないわけにいかない。あまねく国の人々にそれを示すべし。故にこの箇条を加えて公使館を軽視するべからずを示すのである。」
その他に異議なし。故に浄書して明日に会同調印することを約束して別れを告げて帰る。
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