金宏集との談判2回目

(「朝鮮事変/5 〔明治18年1月4日から明治18年1月31日〕」のp14より現代語また意訳、<>は文中括弧、()は筆者。また補足として「全権大使井上馨帰朝復命ノ件」から抜粋して[]に記す。)

(出席陪席その他前日と同様なので略す。)

一応寒暖のあいさつ終わり、朝鮮側が委任状本書を示した。

金 「これではいかがであろうか。」

 大使は一覧して昨日に議した文字を削除してあるのを見て了解し、朝鮮側に条約案を示した。

井上「事実について貴政府と御談判する件々はこの通りである。」

      金宏集以下閲覧する。

井上「拙者はこの事に関しては貴官が最も虚心に御勘考あることを希望する。拙者は従来から貴国については尽力している。詳細は置くがあの四十万円のことについても相応に心を尽くした。さればこの条款なども他の費用などは算出せずに全くやむをえないものだけを数え、専ら公平を旨とした。御熟覧の上は自然とお分かりになられると思うがなおご注意ありたい。貴政府に対して難題ということは決してなく、御承諾し難いということないと思う。」

金 「我が国のことについて大使の前々からの御尽力は委細承知している。事件三回の内の一回は花房公使であったが、二回は大使の御弁理あっての事で、又あの填補金のことについては特別のお心遣いを以って御返却なったことなれば、この度のことにも償金等の御話はないかと思っていた。」

井上「填補金の返還のことは、色々と事情を汲んでそのようになったが、今度は別に事件が生じたことなのでまた格別に相違ある事である。且つ先年は死亡者も十三人程で、この度は商人だけでも二十九名の死亡である。政府は人民保護の責任があることなれば人民に対してもこのことを無視するわけにもいかない。元来人民からは十分の額を申してきたが、拙者はどこまでも精査を加えて少しでも証拠不明のものはこれを除き、その上で商民の損害を約五万円と見積もり、その他は救恤金などを算出しただけである。これを前年と比較すればその実際の処は御明瞭なることと思う。決して難題ではない。」

金 「決して十一万円の額を多いなどと申すわけではない。今申したのは大使がかつて御尽力あったのことを謝したまでの意味である。拙者もこの条款に対してそれぞれ御話いたすべし。」

井上「諾。」

金 「ここに一つの願いがある。大使にも前のことは言わないと仰せられた。この第二条の『兵民』の文字は『人民』と改めることを乞う。」

井上「文字のことは何れともするべし。すなわち『人民』と改める。」

金 「また『償補』の『償』の字は『填』の字に先年も改めた。これも願いたい。」

井上「それらも容易なことである。すなわち『填補』と改める。」

金 「磯林のことについては我が国にて貴国に対しお気の毒なのは申すまでもなく、大君主初め我々に至るまで誠に遺憾の至りである。同氏は大君主にも大いに信用あった人である。事変の時はまだ無事で外出中であり、よって他の道にするように通知したが運命の拙きところか、南の道を通った故についに殺害せられたのである。」

井上「同人のことを大君主にもそれほどに思し召されるとのことは我が聖上にも申し上げる。彼は武官なれば自らその栄誉を保たん事のみ思っていたであろう。」

金 「磯林の事は貴国の憤りも我が国の憤りも同様なれば必ず相当のことをなす。」

井上「公使館の事は何れの国も同様にて、大いにその国の体面に関する事なのでこれは最も御承諾ありたい。」

金 「公館の事は少し御話がある。我が国の人民が焼いたという証跡があれば、我が国で償うのは元よりのことであるが、それが我が国の人が焼いたのではないという証跡があるのでそれで御承知くだされたい。なにぶんこの条款は御免じられたい。」

井上「その証拠と申すのは何なのか。拝聴いたしたい。」

金 「即ちこれである。」と一枚の書付を出す。

 井上大使は手に取って読む。即ち我が公使館で使用していた朝鮮人宋尚吉の口述で、最初に、朴泳孝、金玉均などが服を変えて公使と共に仁川に行ったのを述べ、次に公使館の文書を石油をかけてこれを焼き、その火が公館に延焼したのだろうと言い、最後に朴金らが仁川から日本に行ったなどと、述べているものである。

井上「これは小使いくらいの者が申すことであって拠るに足るものではない。この前後のこと<すなわち朴金等のこと>は当時の我が国の人を取り調べたが誰も知った者はいなかった。また書類を焼いたのはこの前日の事であり、公使以下の者が館を去ったのはその時刻からよほど隔たりがある。また後から聞けば館内に焚草を積んだとのこともあり、また公使以下が麻浦に至って黒煙が上がったのを顧みて公館の焼かれた事を察したなど、貴国人が焼いた事は相違ない事である。しかし互いに証拠立てして論ずる時は際限ないことに至るので、最初から種々のことは取り除くと申したのはこれをいうのである。」

 この時に清国の使臣呉大澂が来て大使に会うことを請う。それにより暫らく談判を停止してこれを接見して約一時ばかりして帰り去る。
 
 モルレンドルフが告げて、清国欽差大臣呉大澂が見えて大使と会うことを請うと。まだ自分が談判の席に入るのを許さないのに呉はすでに入って来た。自分はその突然なのを訝り、来意を知らないが立って握手をして告げたのに、「本日は朝鮮大臣と該件を議論する時なので会談は出来ない」と。呉は自分もこの談判に関係があると述べたが、井上大使は呉が全権を有する者ではないことから、今は話すことがないと拒み且つ朝鮮のことは韓官と清国のことは清官と弁ずるのみであると答えた。呉は、両国紛議の時はこれを調停することがあるが、それも許されないなら仕方がない。ただ公平を望む、と言って去る時に一書をして金宏集に渡した。

井上「呉が来た意味は知らないが、我行かず彼来ず、よって中間の地を選んでここで面会したのだと思う。しかしその顔つきを見ると貴官に対して言いたいことがあるようであった。貴国は皆清国の指令を受けてその後に談判をされるのか。それなら両国の条約はおかしくはないか、との思いが起こる。」

金 「彼がこの事に関してなぜ来たのか、言うことはない。」

井上「明らかにそうとは言えないが、呉が書いて貴官に差し出したものは、貴官が受けておられる全権の上に命令するものがあるように思われる。それならこうして談判していることもおかしなことである。」

金 「彼が何を思って言ったのかは知らない。彼が来たのはこの場で大使と談判中なのを知らないか、全く私事で来たことを説明して帰った。」

井上「呉が書いて差し上げたものを見たい。」

金 「何も別段のことではない。」

井上「別に面倒を起こすわけではないので見せられよ。」

 金は呉の書を出して見せた。

 『本大臣がここに来ての数日は乱党の事を査弁する為に最も緊要に関わる事である。乱党のことを議題とせずに避けて井上大使といろいろ条約を立てるならついには乱党の事は不問に終わる。但し本大臣は閣下を詰責するにあらず。朝鮮万民が憤懣不平するを恐れる。閣下この事を了解せねば大いに不利となるをまた恐れるのである。』

 

井上「この書に付いて本使は種々の疑いが起こる。この文気を見れば、直接には言ってないが朝鮮は支那の属国であるという意味を婉曲に示しているようである。果たして貴国は清国の属国ならば貴政府との談判は出来ない。もし貴官らが清官がなんと言おうともそれに構わずここに於て決すると言うなら談判すべきであるが、清官に相談した上でかれこれと説があるようなら談判はされない。」


金 「これは大使のお話とも存ぜず。大使は御承知ないのか。ここで決した事を誰が何と申すべきや。その証は前に何度か条約を結んでも清国から干渉したことはない。拙者が不都合にも相談したのならいざ知らず、拙者からまだ言ってもいないのに先ずその辺のお疑いがあるのは却ってどうかと思う。」

井上「現に今、命令する者があったのはどうか。両国弁論の席上に他人が入り込んで言葉を容れるは即ちその証ではないのか。よってこの疑いを生じるのもその理がないとは思えない。」

金 「それは決してそのような事ではない。拙者の思うところでは今日の談判は早くした方が双方のためである。」

井上「試しに立場を考えられよ。もし貴官が他人と公事を弁じているところに拙者が突然入ってきて干渉の言を容れるならどのように感じられるか。」

金 「まことに然り。しかれども今日彼がこの席に入って来たのは全く拙者と大使とで事件の御談判をしておることを知らずに、私語の席であると思って来たのである。」

井上「彼が全く知らずに私語のために来たのなら、お互いの談判に説を入れる事はないのではないか。」

金 「まことに然りである。拙者も彼が決してこの事に干渉するために来ることはない筈と思う。また拙者なり大使なりに談話することがあればそれはそれで決してこの事に口を容れる筈はない。」

井上「現に最初は、『(呉は)自分もこの事に関係ある者なのでここで議している事は公の事なら公と言ってもらいたい。これは拙者と貴官と両人の私事ではない。』と言い、後には権利上の事に至っては『自分は朝鮮国の事を査弁するためにこの地に派遣されたので大使には関係ないから』と言った。」

金 「なにとぞ大使には御承知なかったことと致したい。最初には何を申して来たのかは知らないが、後には大使には関せずと言ったので即ち大使には関係ないものと御覧下されたい。この議事に付いてわが国政府は呉に干渉させない事は他日に同人に御面会された時に大使から御問いになれば明瞭に御分かりなると思う。」

井上「何にせよ、困った問題が起きたものである。」

金 「今日彼が来なかったら事も無かったのに、ここに来たから余計な時間も費やした。しかし拙者は関係ないことである。」

井上「貴官には関係ないだろうが我には感ずるところがある。これに於ては談判の内容を改めて、貴国は清国の属国なのかどうかという点から調べねばならない。」

金 「貴国もよく御承知と思う。国内万般の事で何一つ他国の干渉はなくわが国の勝手である。ここで決した事を後になって他国に関して取り消しを求めることがあるならどう仰せられても仕方ないが、そういうことは無い事である。」

井上「およそ国と国とで権利を争うことは容易な事ではない。このような情勢では遂には国王にも大なる御迷惑となろう。属国ではないということも、もし一時の説なら頼む事は出来ない。」

金 「拙者は大君主から全権を委ねられているので拙者においてこの談判を決すれば外に関せずと思う。そして彼は初めは何か関係しそうであったが終にはあの通りに申したので鑑賞はして無い事は明白である。」

井上「拙者は甚だ不愉快な感じがするが、しかし何とか局をを結ばねばなるまい。但しこの事に付いては清国に関係せず又隠れて清官に謀らずということを保証されれば御談判に及ぶべし。」

金 「この事に付いてはさっきから申すように外人には関係させない。また関係される事はない。これまで各国と条約を結んでも関係していないのにこの事だけ関係する理由はない。」

井上「それならば清官に相談されるような事はないか。」

金 「もしこの事に関係を受ける処があるなら今日の談判は決さずに相談するだろうが、拙者は今日ここで決すると言っているのでその関係はない事を御承知ありたい。」

井上「今日談判が纏まらないなら又いかなる関係を生じるかも分からない。よって速やかに議決し今日この場で調印ある事を望む。」

金 「今日事を決して清書の上で明日に調印すべし。決して言を変えない。」

井上「よく考えられよ。今日この場で申すところは拙者十分に考えたことであるから談判が纏まらないなら、このことから実に貴国の大迷惑を生じるべし。我が国はもとより止むを得ずに始めるのであってそれは覚悟の上の事である。」

金 「わが国の事をそれほどにお考え下さるのは誠に有難いことである。拙者も談判は速やかに決したい。条款について細かにお話すれば長くなるので略して要点を摘んで申すべし。御承知なるべき事は速やかに御承知ありたい。」

井上「出来る事は承知しないことはない。」

金 「放火公館の文字は除かれたい。今、口述書も御覧あった。我が国の人が焼いたという事はない。罪なき我が国の人に罪を負わせば人民不服で困却する。」

井上「貴国人民に罪はないと申されるのは、貴国人が焼いたのではないという意味か。」

金 「口述書も御覧下されるべし。誰が焼いたという事だけをお取り消し下されたい。」

井上「文字だけを削るのも不可ではないが、それなら次の条款はどうなされるのか。」

金 「要点だけ申し上げる。我が国の困窮はもとより御熟知で填補金も御返還下される程である。しかし公館を焼いたと申せば大君主にも気の毒に思われる。ただこの額を半分に願いたい。」

井上「よくよく事情を考えられよ。四万円とは多すぎると思われるか知らないが、建築用の材木などを日本から運んで来て造ればすべてで倍の費用はかかるものである。事前に公館を建てた時の入費を計算させたら計五万円であった。しかし拙者は貴政府を察し前の公館の焼け残りの瓦なども使えと命じたが皆用に足らないと言う。しかしさらに以前の額よりもいっそう少なく計算させてこの額に取り決めたのであるから、決して難題と申すにはあらず。十分斟酌を加えた上のことである。よくよく御承知ありたい。」

金 「なるほど、大使の公平なる御心を承知した以上はこの事は御拒み申すまじ。」

井上「貴国の御困難はもとより御察ししているところである。今貴官が半分にまけよと申されたのに付いて一つの便法を考えた。どこか高い場所でいくらか修繕を加えれば住まれるだけの家屋を土地と共に交付あって、その上で修繕料として二万円をお渡しされてもよい。この二万円は一度はこちらにお渡しあるも矢張り貴国で使用してしまうので政府を出て人民に入るのみで貴国の外に出るものではない。」

金 「誠に公平の御説で感服の外はない。」

井上「もしこの事をお喜びなされるなら至急にすべし。我が随員からこれを選ばせるもよい。もっとも兵隊を置く場所は公館と遠く離れては不都合である。必ず近くにあるべし。」

金 「一々ごもっともである。いずれ家屋の適否など御相談の上で取り決めるべし。貴方によくてこちらに差し支え、こちらによくて貴方に御不都合ということもある。」

井上「然り。但し家屋はいくつかを合わせても構わない。相応の修繕をして渡されればよい。」

金 「承知いたした。」

    『焚館』の文字を削り、又第四条の文意を改める。

金 「第五条に付いてお願いがある。前回の(花房の時の)条約では駐在の兵は若干とだけ書いてその数はなかった。この後はこのような変乱は決してない筈なので公使一人でも足る。兵があっては却って争闘の基ともなろうが、目下は強いてそれは申し難いことなので、ただ前のに照らして若干とのみ願いたい。」

井上「それは難しい事ではないが、実際は今率いている二大隊を容れる所のものは必要である。」

金 「この条款の末文も花房公使の時の末文を参照したい。」

井上「それも苦しからず。この一条は花房の条約を参照する。ただ兵営を公館の近くに置くことを加えるべし。」

    金宏集はその稿を造り閲覧を願った。

井上「可なり。」

金 「別文の兇徒処分の期限は二十日間にしたい。」

井上「諾。」

金 「兵隊は一大隊を置くことと致したい。」

井上「それはここでは暫くご相談いたすまい。」

金 「第一条の国書は貴方にて御立稿の分は、拙者は拝見するまでに止め、こちらからは別に貴国の好意を謝する意をもって国書を修めて差し出したい。」

井上「大君主にて国書をお贈りなられる思し召しなら、その草稿文を以って御相談ありたい。そうでないなら国璽の捺してあるものを俄かに改めるような事は大いに不都合なことである。」

金 「どこから見ても体面に不都合ないようにすることは保証いたす。しかしその草稿を以ってご相談する事は困却する。」

井上「しかしその不都合ない事は一方のみでは保証しがたいことなので各国共に草稿を以って相談するのが常例である。難題と思われるならモルレンドルフ氏にも相談されよ。これは各国で同じである。」

 斎藤書記官にモルレンドルフにこのことを話させた。モルレンドルフもまたその例に従わねばならないと金宏集に述べた。

金 「誠に然り。明日に調印が済んだ上でその事を御相談致す。我が国の罪人はまだ捕縛に就いてない。貴国に行ったとも言う者がある。もしそうなら貴政府において捕獲の上で御交付下されたい。」

井上「その者が我が国に来ていると言うのは拙者は出発前にはかつて聞き及んでいない。しかしこれらの件は多く先例があることなので、モルレンドルフ氏にも相談ありたい。もっともこれは万国公法によって言えば頗る理解し難いものなので先ずモルレンドルフ氏と御熟談ありたい。」

     この時また斎藤書記官がモルレンドルフにこの事を伝える。

金 「拙者は万国公法には詳しくないが、我が国は貴国との間において格別友好の情を以って公法に拘わらず希望するところがあるかもしれない。この六名は兇徒の巨魁であって、捕縛しないなら人民に対して大いに困却する事なので、追って別に照会いたすかもしれない。なにとぞ特別の御勘考を願いたい。」

井上「照会されるなら照会あっても苦しからず。ただ、今も申す通りこれらの事は全て公法に基づく事なので我が国においては万一これらの者が我が国に居るものと仮定しても、公法に従ってその論を極めた上でなければ何とも処置し難い。」

     この事を又斎藤書記官からモルレンドルフに細かに伝えさせた。

金 「条約書冒頭の文字のうち『宸念』の二字を『睦誼』と致したい。これは両国相互にする意味ならば後の『悵惻』の字に対しないからである。」

井上「これは全く我が国のみに関する処で宸念より拙者を派出された意味に止まるのでこのままに致したい。」

金 「それならば『宸念』の字は据え置き『均切悵惻』の四字を『均願敦好』と改めて『将来禍端萌生』の六字は『将来事端』の四字に改めたい。」

井上「可なり。」

 これで談判は全く整い明日<九日>午後一時に議政府に於て調印することを約した後に、余談あって約書冒頭の文字の『京城事件』の上に『此次』の二字を加え、又『大君主均願敦好』の処に『宸念』の二字を加えるなどことを話し合い、同日午後四時議政府を出る。