青木大臣意見書現代語訳

(青木大臣意見「東亜細亜列国ノ権衡」より現代語訳。原文中の「ヽ」ルビは下線とし、「〇」ルビは下線付きで太字とした。()は筆者。)

 ここに世界情勢を観察すれば、日本、支那、及び朝鮮は、東亜の列国と言ってもよいだろう。
 そして東亜列国の領土面積を挙げれば、凡そ165万平方マイルで、その人口は4億1千万になろうとしている。これを全欧州と比較すれば、面積は91万平方マイル、人口は8千万を超過するものである。

 東亜列国はその国情において西洋各国とは異なるものである。故に、東亜列国が欧州列国に干渉することを主張し難いことは明瞭なように、東亜の事情について該列国は、毅然として自守し、欧州各国をして干渉させないことを主張する権利があることは疑いないことである。

 国土の巨大なる事と人口の多さの点で、清国は列国中の領袖である。しかし、政治や人民生活向上に於て論ずれば日本は政治上の首班を占め、率先の位置にあると言ってよいだろう。

 今、欧州各強国は、確実に兵力を拡張し、海外の所属地増加を図り、自国の管轄に帰し、以て新貿易地を拡張し、新物産の収穫地を略取し、或いは過殖人民の移住地を求めて植民地となし、以て国民の移住を奨励するなどの計画は、実に世界情勢として、容易ならない結果を現出している。
 即ち西洋各国が専ら侵略と殖民の政策を執行することを露にしている事実は、東亜列国をして西洋の侵略政策に対して、国土防禦の計画を講じることの止むを得ない事態に至らせた。
 そして日本国は東洋列国に於て、政治上首班の地位を占めるが故に、他に率先してその計画を規定するのはまた天賦の責務である。

 そもそも日本は、愛国勇敢の人民で満ち、これに加えて異人種の混合がなく、兵員を募るのに最も良い条件を有しており、以て我が国の国土維持をするのに少しも欠けたところがない。
 しかしながら、事を未然に防ぐは政策の要であって、決して等閑に付すべきものではない。即ち、一旦欧州強国が、東亜列国に対して侵略の計画を目論むことを欲するなら、我々列国はこれに対して如何なる対処をするべきか。または、既に侵略した東亜の領地で、ある西洋国が兵力を著しく拡張するようなことがあるなら、これは日本国への平和治安に対する直接の脅威ではないのか。これこそ日本が防衛ラインを拡張して兵勢を増加する所以である。

 今、欧州各国中最も乱暴で、常に危険の根源となっているのは露国である。そして東亜中最も脆弱であり、露国の弊害を先ず蒙るのは朝鮮国である。

 露国の政策というものが、領土拡大であることは固より言うまでもないことで、その政略の中心は海港を占有することにある。そしてその海港は冬にも氷閉しない不凍港を択ぶことにある。

 アジアの東端に於て、何が最も露国のこの計画を全うするかを考えるなら、朝鮮諸港の占領以外にはない。
 しかし朝鮮は東亜列国の喉元といえる要衝であり、乱暴なる露国のようなものがここを占拠するなら、日清両国の海洋を睨んで覇権を掌握することは敢えて難しいことではない。

 故に、今日のように、朝鮮が疲弊して防禦すべくもない地位であることを放置し、露国が漸次蚕食の計を思うが侭に行い、寸を進めて尺の土地を掠め取ることを狙って、朝鮮北部の黒龍地方を根拠とし、朝鮮半島に事を挙げる基礎を固めさせるようなことがあっては、その貪欲強悪の勢いは終に制止できない事態に至り、到底東亜の平安を得ることは出来ないことである。
 そして極東の均衡を穏当に保つことも、木に登って魚を求めるような挙に属することではないのか。

 そして又、露国が東亜列国を威迫するのも、ひとり朝鮮方面だけで止まることではない。その日本海、オホーツク海、太平洋に面する地域は、日清両国にとって常に危難憂慮の源であるだけでなく、露国領シベリア境界と清国領とが接していることも、中国にとっては常に脅威である。

 そしてこの事実あるを以て、従来から世人は、露国が東亜問題に関して重要なる地位を占めるものと断定したのか、恰もこの事実を証明するかのように、露国はシベリア鉄道の計画を決定したと聞くことは、その線路はウラジオストック港に達し、その沿道は連綿として清国の北の国境沿いに併行すると。そして敷設も議定断行を経て、もはや疑うことの出来ない事実となった。

 果たしてそうならば、この鉄道を利用し、露国は一命の下に、何の障碍もなく、直接に精鋭の大兵を、広大無辺で少しも守備のない清の国境に、或いは日本の眼の先に送ることが出来るようになる。故に日清両国は、この鉄道敷設の計画を以て、直ちに露国がシベリア地方に強大なる兵力を実際に増加したものと同一に見做さずを得ない。

 これは実に両国の安危喜憂に係ることで、両国もまた自衛のために、自国の兵力を拡張するか、または他の有効なる防御策を設けて、以て露国の策に当たらざるを得ない時に至った。

 そして露国がシベリアから東亜に干渉するために、日清両国が不慮の事変を想定して、充分な兵力を整備するのは、実に過大な負担によって、両国はこの際むしろ主客を転じて、露国人を東シベリアから駆逐する方法を考慮するのも世議の決してそしる所ではないはずである。

 露国というものは元は欧州列国の一つである。その習俗と政治から言っても、どうして亜細亜と情感共通するものがあろうか。彼らは異人種であるにもかかわらず、我らの亜細亜州の国境にまで領土を広げて居座るのは、即ち東亜の侵犯者である。露国にこのままシベリアを保有させるなら、東亜列国にとっては、どうして深刻な脅威であると言わずにおれようか。

 今や露国を(東)シベリアから去らせるのは実に絶大な事業と言うべきである。しかしながら、日清が協和連合して事に当たれば、その力でよく成就させるに足るは敢えて疑いを入れないのである。要するに好都合の機会に、外国の支援を得てこの困難を冒すにある。

 先の仏独戦争の時に、露国はその機に応じ、条約を破棄して黒海を制圧し、干戈を交えずに勝ち取る道があることを天下に示した。そして今日の欧州の情勢を観察すると、一見平和であるが、その実は暗澹たる状態であって、もし事変が起これば忽ち各国は均衡を失い、平和を支持することは出来ず、また露国はその欧州戦乱に際して、英国か独国と争う時があるだろう。もしその時に至れば、日清は宜しく兵力を以て露国を脅迫し、東シベリアから退去させねばならない。かりにも断固たる兵威を示して請求するなら、欧州の戦況にも絶大な影響を及ぼすことは確実である。
 そうなれば英国若くは独国はこの機を利して、喜んで日清と同盟し、いわゆる「味方条約」を結ぶだろう。

 しかしながら、露国の姿を亜細亜州から無くさせる計画に関し、最も必ず欠かすことが出来ない基礎的なことがある。それは即ち、利益を共にして隣国相対する義に基づき、前もって日清両国間に完全なる永久の協同意識を持たせることである。

 露国の炎のような勢いを抑制せんとの観点から見れば、日清両国は実に喜憂の立場を同じくするものである。
 しかし露国の侵略に抗して、必需の防禦をしようとすれば、清国は日本に比べて、はるかに広大なる防禦線を張らねばならない。なぜならば、日本は東亜の沿海から露国を逡巡させるだけでその危難を免れられるが、清国が同様にその危難を免れて、充分に自国の保護を得るとするなら、必ずやシベリア全土を清国のものとして占領させるしかない。
 また国の位置からも戦略上の難易を論じるなら、また両国等しくないものがある。すなわち、日本は海の中の島国であるゆえに、この大事業に与って清国と同等の働きをするには、清国に比べて一層の困難を感ずるものである。

 しかしながら、帝国日本は、この事業を興すに当たり、その負担なり責任なり必ず清国と等分の賦課を引き受けないことがあってはならない。それでこそ、日本が不等不便の地にあって等分の労を担う以上は、成功の暁には、その過分の負担と責任に対して、又過分の報酬を要求する権利があることになるのは疑いを入れないことである。
 但しその報酬たるものは、日本がアジアの大陸で行動をする基礎を創るにある以外にない。つまりは新たに獲得した領土を比例的に分割し、以てその境界を正すことにある。

 この基礎を創るために、朝鮮を日本に帰属させるのは単に軍略上必要の理由があるだけでなく、重要なる政治上の考案から洞察するなら、事は必ずここに出ないわけにはいかない。今や日本にして朝鮮を占領するときは、シベリアに対してよく直接行動をする便を得るだけでなく、その方面においては、西洋列国による亜細亜侵略計画を防圧することが得られるだろう。

 そしてシベリアを露国の管轄から外す計画に従事し、等分の労働と犠牲を供した以上は、成功の日には朝鮮を日本の領土とするは穏当なことであり、敢えて過分の報酬ではないことは勿論である。
 その時には、本来たる日清両国の境界は、経度124度を分割線とし、それは学理に照らしても妥当であるばかりでなく、日本としても納得いく分割方法というべきものである。即ち分割線の起点は、南は清韓両国境接っする地に始まり、北進して満州を経由し、東シベリアのレナ河西岸に沿い、北氷洋に達っして終るものとする。そしてこの経線以西に属する全シベリアの領土は、欧州と露国の境を圧して、清国の領地であるべきであり、その以東の満州及びカムチャッカは合併し、総て日本帝国の属領であるべきである。

 前段の計画である列国の権衝については略述した。しかし、今やこの論を離れて我が国の将来の国家問題を語るべきでなく、現政府の責任は我が国人民の子孫に対する義務ではないのか。

 そもそも我が日本国というものは、従来西洋人は単なる東洋の孤島と見、地図にその名と位置を認知するに過ぎないものであった。しかしここ30年来、特に大維新の盛挙により皇民の自由及び権利が恢復されて以来、衆人特に繁殖し、その智能もまた著しく発達し、遂に秩序ある立憲政府を組織した。そうして文化の進捗たる、この国この民をして、現在世界万国の共治に関して、それ相当の地位を得させる価値があるものである。故に今日に至っては、我帝国は、いわゆる世界の歴史に参与し、列国の間に立ち、世界共治の事務に関与し、権威ある運動を試みる時期に会したと言うべきである。

 今は交通も大いに進歩したことによって、日本は有形無形に西洋各国と接近している。しかし、その拠り所は東洋の理と権を維持する構想と共に併行し、又将来においても併行するべきである。また、政略上の関係を離れてこれを考えても、日本人民は、先の明治元年三月十四日に、五箇条の御誓文を布示されて以来、その遠大なる聖慮により、益々開明をし、大に皇基を振起するを国是と定めた以上は、東アジアに於て顕然たる義務天賦を負うものである。

 そしてこの義務たるや他にあらず、日本が智識と実務の発達をよる勢力に依拠し、各国の利害の関係により、互いに連携する同種民族の発達進化を奨め、導き、補助することにある。またその負担すべき天賦の命はこれ以外にはない。
 日本は、自国の発達と東亜列国の地位に照らし、西洋と極東間に起こる一切の問題に関し、常に教導者または媒介者でなければならないことである。

 本論の趣旨を実行せんとするなら、露国と衝突を来たすことは免れられないだろう。しかし、日本が清国及び独国または英国と同盟できるなら、衝突を避ける必要はない。なぜならば、およそ外国と交戦は、必ずしも自国の危害でないことは、これを歴史に照らして明瞭であるだけでなく、国土人民の進歩と平和を目的として他国と戦端を開くは、古来からしないことではないことも又明確である。ましてこの類の戦争は、日本帝国の地位を高め、欧州人をして我が皇民を崇敬させる結果を収めるに於てはなおのことである。

 地図を開いて一瞥すれば、日本は東亜の海中にあり、孤島たるは恰も欧州の英国と同地位にある。そして両国の似る点は地理上のことだけでなく、更に一層重要なる点においてもそうである。
 即ち日本はその国土面積は狭く、人民は生業に勤勉であり、治安を保ち、倹約質素で、九州・北海道の炭鉱は無尽の蔵宝にして天与の富源である。もしこれを利用して工業を興し、製造の業に従事するなら、英国と肩を並べる商工業国となって、世界の市場で競争することもまた難しいことでははないだろう。

 今より一世紀半の昔に一人の名士がいて後世に認められた。彼は言った。「開化の進路は西方に向う」と。

 これは今も人の口にする所で、これを開化進捗の実際に当てはめれば、実際に自然の法則のようである。即ち、人間開化の進路は東に起こって西に進み、恰も太陽を追うようなものである。果たして開化が西に進むなら、商工業もまた西に向って進まないであろうか。現に英国は、その有形無形の区域において、蓄え作為した事物に対し、西隣である米国を市場としているではないか。

 それならば日本もまた天の法則に従い、それに倣い、主としてアジア大陸に着目せざるを得ない。もし大陸が我が国の市場となるなら、まず我が国に卓越した開明の事物をこの国から輸入し、需要の物品を得、終に我が国の製造物をこの国に輸出するに至ることになるだろう。

 ああ、日本の運命と義務はまさしくここにある。すなわち日本の進路は西方に開けて東にふさがる。
 ためしに目を転じて東方を見るべし。太平洋に満る波涛があるのみ。しかし我が国をただ東方の疎隔地とするのではない。元来、米国の西岸も港が少なく、交通も不便だった。つまりは、米国は笑みて欧州に対面し、黙して亜細亜に背向するものである。西方にあってはそうではない。まだ覚束ないものではあるが、亜細亜の東岸には、港口が多く交通にも甚だ便利である。故に恰も大陸は、喜んで我が訪問を待つにも似ている。自然の造化の妙を以て見るべきである。

 まさに又前述するように、欧州諸国は各種の理由あって、現に侵略殖民の政略を維持し、または実行するものである。そうして日本もまたこの理由を調査し、同一の政略をとらないわけにはいかない。つまり、日本人の生活は西洋文化のために大きく変わったが、日本人はますます繁殖し、種痘や西洋医学などによって死亡者数は減少し、人口増加の率はすこぶる増進した。
 現に、日本では一平方マイルあたり、およそ260人の人口があり、西洋でこれよりも人口率が多いのは、ベルギー、イギリス、オランダの三国があるだけである。
 そしてこの三国は、既に余剰の人民を殖民する方途を開いて国内が人口過となる恐れはないが、日本にあってはそうではない。故に、日本政府はこの点に関しても、決然として他国の属地を頼ることを考えるのを止め、束縛せず干渉せずという政策に一定の方策を定めないわけにはいかない。

 満州は、一平方マイルごとに人口は33人、朝鮮は百人平均であるが、東経124度以東のシベリア地方は、平均一人の住民もいない。
 今や、その人口率の低さと接近土地であるという地の利の2点のからこれを考えても、この地方は日本の殖民政策に必須の便宜を備えていると言うべきである。

 このような重要な理由がある外に、本案の境界線改定のことは、東亜列国にも平和と安定の保証を与えるものなので、帝国内閣に於いては、遠謀明察なる本案を採取また取捨し、国内外に対する一定の政略に決定されんことを切望するに堪えないものである。

 清国との協議が整った後は、英国か独国のいずれかを選択して談判を開くかどうかの議題は、時機を要する。談判を委任された主任者の心算に任せるのが得策である。

 独国が外交政略の上で示した、巨大かつ剛毅な勢力と、軍事上において他国を超越した実力は、大いに我が同盟に利がある。
 しかし、英国が前に巨文島から撤回した時に、他国に朝鮮諸港口を占領させないとの保証を、清国から得た事実、及び極東に於て重大な利益を有していること、また、以前より露国を嫌忌猜疑する国情とを合せて考えれば、英国との同盟もまた甚だ利があるものである。

 今日の情勢を見るに、清国はその北境に於て、露国の挙動により、実に困難を感ずる時であることから、ひそかに同国政府に内議し、我が国が希望するような同盟を促すのは、実にこの時を以て好機会と言わざるを得ない。
 しかし盟約のことは時機が来ないと実行はできない。換言すれば、盟約実行の時期は、英国または独国と露国との間に戦端を開く日と約定し、予め下記の条項を含む秘密条約を締結しておくことである。

 即ち、第一に、本案が提示することを基礎として境界線の更正をすること。
 第二に、東シベリアに於ては、日清が連帯して等分の運動をすること。
 第三に、開戦の目的を達するか、または同盟の三国がそれぞれ休戦に同意する迄は、東西の同盟国は一致協力して抗争を継続し、各自勝手に戦いを止めないことを保証すること、
である。

 東シベリアに於ける露国の権力の炎勢を撲滅する計画について、まず必須欠くべからざるものは、第一に清国と完全な協議を遂げねばならないことは、既に前に示した。
 その上で、第二の要件を掲げると、日本はこの際、朝鮮に対する政略を改め、強硬手段を取り、干渉主義を施行し、その目的は、朝鮮政府及人民を益々日本に結託依頼すると利益があることを知らしめ、終に日本からの救援を乞わせるに至らせることである

 清国に対する政略は、その性質上、主に交際の方策によるので、何らかの事故が発生する時は、臨機応変の手段を施すべきであるが、朝鮮に対しては、その政策手段は、予めこの事を規定しないわけにはいかない。

 我が希望する盟約の成否については、或いは難しいことではあるが、幸い成功を見るに至るなら、結果の利益は実に泰山よりも重く、仮に成功しなくとも、その損失は実に鴻毛よりも軽いものである。故に、この計画は、利益あって損耗なしと言うことが出来る。
 但し、この同盟が成就することを望んでどのような結果となっても、結局はこの方針を維持し、朝鮮に開化の策を学ばせ、或いは我が国の利益を朝鮮に殖え、わが国の恩を朝鮮の人民に施し、時節が到来するなら、平穏裡にこれを我が国の手中に収めるのである。
 英国のエジプトに於ける数十年来というものは、巨万の利をナイル河畔に培植し、今日に至っては、実際全国を服属させ、その名義も英国の領土に帰させる日もまた遠くないことと同様である。

 ここに百年の長計を画定するにあたり、他国の成績を挙げて我が国の模範とするもまた不可ではないだろう。

  明治二十三年五月十五日